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国分寺跡 (こくぶんじあと)
平城宮と同じ模様の瓦が出土
- エリア
- 壱岐
- テーマ
- 歴史・文化財・日本遺産
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壱岐国分寺跡は國片主(くにかたぬし)神社の西側にあります。741年(天平13)に全国に国分寺創建の詔が発令されましたが、壱岐では新たに建立せず島司(しまつかさ)壱岐直(あたい)の氏寺を「国分寺」として改修した記録が残っています。
現在は数個の礎石が残っています。発掘調査では平城宮と同じ文様の瓦が見つかっており、中央集権とのつながりをうかがい知ることができます。
1019年「刀伊の入寇」(といのにゅうこう)が勃発。国司と並ぶ指導的立場にあった国分寺の僧・常覚(じょうかく)は、「16人の法師とともに賊と戦い3度までは退けたが、多くの敵に耐えられず1人で脱出した」と4月7日に大宰府へ報告。
国分寺は全焼しました。
基本情報
住所 | 〒811-5734 長崎県壱岐市芦辺町国分本村触741 | |
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アクセス | 芦辺港から車で10分 |